気楽な独り言

(有)山野工務店を経営。 国産材を使い、職人の手作りにこだわった家造りをしています。 新築住宅やリフォームなどの事例をご紹介します。 また時々好きな旅行の記事や日々の出来事なども投稿していきます。

2010年12月

幸運に向かう日

 ●幸運に向かう日

  22日は冬至でした。
 
  冬至は一年最後の二十四節気で、一年で最も夜の長さが長くなる日です。
 
  この日を境に日脚は徐々に延びていきます。
 
  柚子湯に入ったり、かぼちゃを食べたりという方もいらっしゃると思います。
 
  現代ではあまり気にされなくなりましたが、
  かつて冬至は大変重要な日だったようです。

  冬至は昔、「死に一番近い日」と言われていました。
 
  冬は食糧が手に入りにくくなり、短い日照時間のために
  生命の維持に必要な太陽の光を浴びる時間が減ってしまうことが、
  人々に不安を与えていました。
 
  そのため、一年で最も日の短い冬至が
  恐れられていたのではないでしょうか。
 
  そして、その厄を祓い、無病息災を祈るために
  冒頭で挙げたような習慣が根付いたのです。

  冬至に入る柚子湯には、「融通が利きますように」
  という願掛けが込められているそうです。
 
  これは、「我が子が勝負強くなりますように」という
  願掛けを込めた5月の節句の菖蒲湯も同じです。
 
  また、古くから「かぼちゃも冬至に食べると金運が上がる」
  という謂れがありますが、冬至に「ん」のつくものを食べると
  幸運が得られるという言い伝えにまつわります。
 
  冬至に食べると良いといわれる食べ物を冬至七種と言い、
  「ん」が二つ入る「南京(かぼちゃ)」「人参」「蓮根」「銀杏」「金柑」
  「寒天」「温飩(うどん)」を食べると、運気が上がり、
  病気にもかからないと信じられているのです。

  冬至は「一陽来復」の日でもあり、
  転じて悪いことばかり続いたあとでも、
  ようやく幸運に向う日とされています。
 
  今年は何かと暗いニュースが多かったように感じますが、
  この冬至を境に明るい方へ向かってほしいと願うばかりです。
 
  長い冬に見えても、春の芽吹きに向けて
  土の中では準備を始めていることでしょう。
 
  今夜は是非、かぼちゃ料理を召し上がって頂きたいです。
 
  明日からの皆様の運気が上昇に向かうことを心から願っております。
 
  (あるる)

今年最後のゴミ当番

12月21日 今年最後のゴミ当番
 
   今年最後のゴミ当番の日。
 
イメージ 1
 
     衛生部長として、最初の仕事だった
     燃えないゴミの立哨は大雨で始まりましたが
     今年最後の締めくくりの日も
     途中から雨が降り出し
     びしょぬれでの立哨となりました。
 
     年末ということもあり、いつもより多くの
     ゴミが出されていました。
 
     次から次へ、持ち込まれるゴミに
     休む暇もあまりなく、
     6時半から8時半まで
     忙しく働かせていただきました。
 
     最初は、何がなんだか分からない
     ゴミの分別も半年以上たち
     大分慣れてきました。
 

山口木材市

12月21日 山口木材市
 
イメージ 1
 
    山口の今年最後の木材市に
    行ってきました。
 
    午後から始まり、普段からあまり
    多くの業者が集まらない市ですが、
    今日も10数社の参加でした。
 
    あいにくの雨でしたが
    傘を差し、いつものように
    外の材料から競りが始まりました。
 
イメージ 2
 
     椎と杉の盤木が競られましたが
     誰も買い手がなく、
     数百円まで下がってしまい、
     ちょうど工事現場の看板に
     適当なものを、と探していたので
     購入しました。
 
イメージ 3
 
     月の後半の市は、
     前半の残った材料が殆どですが
     新しく桧材がいくつか入っていました。
 
     柱材が新入荷で
     10数本の小さな山だったので
     購入しました。
 
     作業場で十分乾燥させて使います。
 
イメージ 4
 
     同じ桧材の4mの土台も入っていて
     7本だけの山でしたので
     これも購入することにしました。
 
イメージ 5     
   6mの通し柱も同様に買いました。
 
   こちらは14本ありました。
 
   構造材の競合は殆どありませんでした。
 
イメージ 6
 
     杉の垂木も安く競られました。
 
     1山50本、誰も競り落とさないようなので
     購入することにしました。
 
     化粧材としても、十分使えそうです。
 
イメージ 7
 
    今回、桧の構造材と同じように
    杉の化粧材が結構ありました。
 
    この山のうち、3mと4mの鴨居
    40本ほど購入しました。
 
    和室の鴨居の他
    建具用としても使います。
 
イメージ 8
 
    最後に購入したのは、野地板。
 
    九州で品薄の材料も
    山口では売れ行きはもう一つです。
 
    ただ、新しく入ってこない状況のようだったため
    現在建築中の新築現場で必要なので
    1山購入しました。
 
    今まで、数回に分けて購入してきましたので
    これで1棟分は揃いました。
 
    倉庫の中でも、競りは続きましたが
    今すぐに必要なものもなかったので
    これ以上は購入しませんでした。
 
    九州では活況を呈している住宅業界ですが
    山口ではまだまだ実感として感じないほど
    低迷しているようで、
    今回も売れ行きはさっぱりのようでした。
 
    
  
 
 

木のある暮らしと私 1.木の好きな娘「モルネ」 小川透さん(神奈川県)

木のある暮らしと私 1.木の好きな娘「モルネ」 小川透さん(神奈川県)
 
  我が家の娘の体験記を紹介したい。小学校6年になる。愛称を「モルネ」と言い、
  本当は地球外生命体なのだそうだ。
 
  ・・・まあ、それは置くとして、いろいろと活動的である。
 
  通常、家にいる時は靴下をはかない。真冬でも履かない。
 
  理由を聞くと「だって木の感触がイイんだもん」とのことだ。
 
  子供の部屋には信州カラマツを床に使った、
  その浮造りの感触と、でっかい節が気に入っているらしい。
 
  他にもあるぞ、鬼グルミの洗面所・栓のリビング・栗の勉強部屋・・・
  でもやっぱりカラマツが一番のようだ。
 
  きっと彼女の「木」に関する記憶データには、
  「節・木目・香り・ゴツゴツとした感触・ぬくもり」が入力されているに違いない。
 
  先日のこと、学校で雨に降られたモルネは、友人から傘を借りて帰った。
 
  家内が玄関に開いて、一晩干して返した。
 
  すると友人に「あれ~この傘、木の匂いがする」と言われたそうな。
 
  住人はもう何も感じなくなってしまったが、
  玄関先に来客があると「木の匂いがしますね」とよく言われると家内が言っていた。
 
  そう言えばこんな事もあった。隣で建売住宅が売り出された時の事。
 
  「新築オープンハウス」のノボリを見つけて、
  家内とモルネは、鵜の目鷹の目で早速見に行ったのだ。
 
  程なく、不動産屋と長話に興じる家内を置いて、モルネが息を切らせて戻ってきた
  「おとうさん!大変だ、隣のうち合成樹脂で出来ている!!」
 
  う~ん名言。床もドアも壁も、みーんなツルツルでピカピカだったそうだ。
 
  「その方が安くて簡単に作れるんじゃない?」と回答してみたが納得いかない様子。
 
  「あのねー、もっと杉とか使わなきゃいけないんだよ」「えっ?」、
  「学校で習ったんだからねっ!」モルネはだんだん怒りだした。
 
  「間伐材とかってあるでしょう、アレ使わないと森がひどい事になってるんだからね。
 
  先生が言ってたよ」。偉い先生です。
 
  我々の頃とは違い、今では授業で間伐や森林再生が、
  きっちり採り上げられる時代になりました。
 
  「ウチはちゃんと使ってますよ、
  モルネが遊ぶ屋根裏部屋は、檜の間伐材で作った台形フロアだし、
  リビングに立ってる杉丸太も間伐材なんだよ」
  漸く納得して、カラマツの階段を踏みしめて引き上げていった。
 
  それにしても、子供の頃の記憶と言うのは、
  将来、家を創る段になって重要な要素になるのではないか。
 
  合成樹脂の家に育った子供の記憶には、一体何が残るのか・・・。
 
  モルネがずぅーと遠い将来、地球の男性と結ばれ、
  家を創る時には「木」の記憶データファイルを開けてみて欲しい。
 
  (木づかい.com)

山口支部訪問 聖餐会の話「日本のクリスマスは山口から」

12月19日 山口支部訪問 聖餐会の話「日本のクリスマスは山口から」
 
  山口支部を訪問し、お話しの責任を
  いただきました。
 
  クリスマス前でしたので
  日本で最初のクリスマスが
  開かれた時の話しをしました。
 
  1552年「天文21年」12月9日・・・周防◆西暦では12月24日のこの日、
  山口の宣教師コメス・デ・トルレスらが、司祭館に日本人信徒を招いて
  クリスマスの祝を催した。
 
  修道士のジョアン・フェルナンデスが神の話を人々に聞かせ、
  疲れてくるとローマ字のわかる日本人信徒の少年が、かわりに朗読した。
 
  2人が話をやめると、日本人信徒たちはもっと創造主の話をしてほしいと催促した。
 
  一同は夜を徹して主を賛美し、翌朝、ふたたび聖餐と説教を聞いたのち、
  全員に食事がふるまわれた。
 
  トルレスらにとっては来日して以来4回目のクリスマスだったが、
  この日はじめて日本人信徒とともに祝うことができた。
 
  これには、先にインドに戻ったフランシスコ・ザビエルが派遣し
  8月にインドから豊後の大友宗麟(良鎮、23)のもとに到着していた
  宣教師パルタザール・カーゴも列席した。
 
  トルレスは、最初の教会堂となる大道寺創建の許可を
  8月28日に大内義長から得ていたが、落成は3年後のことで、
  この日のクリスマスは仮住まいの司祭館で行われた。
 
  こののち、カーゴらは京都に向かうが、
  山口は1556年毛利元就によって兵火にかかるまでの5年間、
  キリスト教布教の本拠となる。
 
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