10月28日、防府支部訪問。いつもの通り神権会、扶助協会でのレッスンと、聖餐会での話の責任があった。レッスンは、4月の総大会の説教、ラッセル・M・ネルソン長老の「悔い改めと改心」その中で次のようなことを学んだ。
 悔い改めの教義には辞書の定義よりもはるかに広い意味があります。イエスが「悔い改めよ」と言われたとき,弟子たちはその戒めをギリシャ語の「metanoeo(メタノエオ)」という動詞を使って記録しました。これは非常に重要で深い意味を持つ言葉です。この単語の「meta(メタ)」という接頭辞は「変わる」という意味です。接尾辞は4つの重要なギリシャ語の言葉と関係があります。つまり「思い」という意味の「nous(ノウス)」「知識」という意味の「gnosis(グノシス)」「霊」という意味の「pneuma(プネウマ)」そして「息」という意味の「pnoe(プノエ)」です。
 ですから,「悔い改めよ」と言われたとき,イエスはわたしたちの思いと知識と霊と,さらに息まで変えなさいと言っておられたのです。息を変えるというのは,一息一息を与えてくださる主に感謝しつつ呼吸することだと,一人の預言者が説明しました。
 ベニヤミン王は次のように言っています。「あなたがたがまた,……あなたがたを造り,……あなたがたに息を与えて日々守り,いかなる瞬間にも……支えてくださっている御方に,たとえ全身全霊を尽くして仕えたとしても,それでもなお,あなたがたはふつつかな僕である。」
 そうです。主は,わたしたちに悔い改めて,生き方を変え,主のみもとに来て,もっと御自身のようになるように命じておられるのです。これには完全な変化が必要です。アルマは息子に教えて言いました。「忘れずに若いうちに知恵を得なさい。……神の戒めを守ることを若いうちに習慣としなさい。……あなたの思いを常に主に向けるようにしなさい。まことに,あなたの心の愛情をとこしえに主に向けるようにしなさい。」真に悔い改めるとは,主イエス・キリストと主の神聖な業に完全に改心することを意味します。