12月23日、防府支部訪問。聖餐会でクリスマスのメッセージとして、1961年の聖徒の道に掲載されていた、当時のデビッド・O・マッケイ大管長の「なつかしのベツレヘム」という話を引用させていただいた。以下はその内容である。
『今は人々の心がベツレヘムで起ったあの出来事へ向けられる季節である。まことに、ベツレヘムは聖書の歴史の中にある多くの大切な出来事が起った舞台であるが、ベツレヘムという名は、キリストがお生れになる千七百年以上前に(ヤコブの妻) ラケルが死んだことに関連して始めて聖書の中に出てくる。
 またベツレヘムはボアズとナオミの住んでいたところであって、ルツに関するあの美しい物語はベツレヘムでめでたく結びを告げるのである。
 キリストがお生れになる千百年ほど前にベツレヘムはダビデの家のあったところであると誌してあり、ダビデが羊を飼っているのを予言者(サムエル) が見つけて、この羊飼いの少年ダビデに油を注いで彼をユダヤとイスラエルの支配者にしたのはベツレヘムに於いてであった。・・・・・
 ルカはキリスト誕生の物語りを非常に簡潔でしかも壮大な筆つきで記している。
 「そのころ天下の人を戸籍につかすべきみことのりカイザル・アウグストより出づ。さて人みな戸籍につかんとて各々その故郷に帰る。ヨセブもダビデの家系また血統なれば、すでにはらめる許嫁の妻マリヤとともに、戸籍につかんとて、ガリラヤの町ナサレを出てユダヤに上り、ダビデの町ベツヘレムという所にいたりぬ。ここに居るほどにマリヤ月満ちて初子を生み、これを布につつみて馬ぶねに臥させたり。はたごやに居るところなかりし故なり。
 この地に野宿して、夜群を守り居る羊飼ありしが、主の使そのかたわらに立ち、主の栄光そのまわりを照らしたれはいたくおそる。」(ルカによる福音書2:1、3-9)
 旧約聖書ミカ書第五章の中で、ベツレヘムが約束された救世主のお生れになる所であると予言者ミカが言っている。私は、キリストがお生れになったという最初の啓示を与えられた羊飼いたちは、夜羊の群を守っていたとき、この予言を胸に抱いていたのてはないかと思っている。
 「ベイツ、レーム」という名前は、「パン」もしくは「食料の庫」という意味をもっている。ずっと昔から、この地域はパレスチナで最も物産の豊かな地点の一つであると言われていた。現在われわれの持っている栽培された小麦の原種がベツレヘムの近くで発見されたことは注目に価する。今われわれが生命の糧にしているパンをつくる植物が生えているベツレヘムの地は、太古に生命のパン、すなわち、われわれの霊の生命を維持するパンも出したことを併せて考えたい。
 私は今あなたがたに、キリストの教えたもうた真理は、キリスト御自身が親しく人々の中で語り給うた昔と変ることなく真理であることを証しする。イエス・キリストの精神こそクリスマスの中心でなけれはならない。イエス・キリストの教えこそ人間の生活の中心でなけれはならない。確かにイエス・キリストはわれわれの生命である。イエス・キリストは平和を地上にもたらしたもうた。ベツレヘムの嬰児の賜物が、このクリスマスの季節にあなたがたの身にそい、来るべき年にもその終りに至るまて変ることのないように祈り奉る。』