6月29日 宇部支部出席

  宇部支部に出席。いつも通りの集会に
  参加した後、4時から2ヶ月に一度の
  地方部評議会があった。
  その集会の中で、2007年6月号の
  リアホナに掲載された、
  北アメリカ北東地域 地域七十人
  クレートン・M・クリステンセン長老の
  「わたしの道は、あなたがたの道とは異なる」
  について学んだ。

  救い主の非常に深遠な教えの多くは,
  普通では信じられないような教えです。
  「あなたの敵を愛しなさい」などが良い例です。
  わたしたちが普通取るような問題解決の仕方は,
  主が望んでおられるものと異なることがよくあります。
  「わが思いは,あなたがたの思いとは異なり,
  わが道は,あなたがたの道とは異なっていると
  主は言われる。」(イザヤ55:8)

  王国を建設するうえで障害にぶつかるとき,
  人の知恵にばかり頼って取り組んでいることが
  その障害の原因となっている場合がよくあります。
  人間の知恵は神の目には愚かなものなのです
  (1コリント3:19参照)。
  この記事では,人間の知恵と相いれないような
  救い主の教えの中から特に5つを採り上げます。
  これらの教えは,教会と聖徒を強めるために
  役立てることができるでしょう。

  1「ある人に百匹の羊があり,その中の一匹が
   迷い出たとすれば,九十九匹を山に残してお
   いて,その迷い出ている羊を捜しに出かけな
   いであろうか。」(マタイ18:12)

  2「弱い者や純朴な者によって……」(教義と聖約1:23)

  3「自分の命を救おうと思う者はそれを失い,
   わたしのため,また福音のために,自分の命
   を失う者は,それを救うであろう。」(マルコ8:35)

  4「あなたがたは……幼子のようにならなけれ
   ばならない。そうしなければ,あなたがたは決
   して神の王国を受け継ぐことができない。」(3ニーファイ11:38)

  5「わたしの兄弟であるこれらの最も小さい者のひとりにし
   たのは,すなわち,わたしにしたのである。」(マタイ25:40)
   「小さなことから大いなることが生じるのである。」(教義と聖約64:33)

  重い皮膚病から癒されるためにエリシャが命じた方法が
  あまりに簡単だったために,ナアマンは最初は疑いました。
  彼はこの疑いの心を捨てる必要がありました(列王下5:1-14参照)。
  わたしたちも神の簡潔な教えに従うには信仰が必要になります。
  例えば,自分の命を失う機会,つまり自分を捨てて
  救い主に仕える機会を与えれば青少年は教会に定着し,
  教会を離れることはないと信じるには,信仰が必要です。
  もっとも謙虚な者や最も弱い者に多くを管理する責任を
  与えるならば,神がそのような人たちを高め,
  立派に召しを果たせるようにしてくださると
  考えられるようになるためには,信仰が求められます。
  時間のない指導者にも,宣教師に紹介できる人を見つけられるでしょうか。
  才能豊かな会員を現在の責任から解任して,
  真理と安らぎを求めている神の子供たちに
  神の愛と祝福を運ぶ業に召すなら,偉大なことが起こるでしょう。