11月27日 ヨハネの黙示録20~22章

  4月から始まった新約聖書の早朝セミナリー
  (月~金 6:00~6:45)も、
  最後のレッスンになりました。

  今日、学ぶヨハネの黙示録22章に関して
  十二使徒 ラッセル・M・ネルソン長老は
  次のように語っています。

  『結婚初期のミネアポリスに住んでいたころの話ですが
  ある日の午後, 時間ができたので,2歳になる娘と
  遊ぶことにしました。

  わたしたちはミネソタのある美しい湖を訪れ,
  小さなボートを借りました。

  そして岸からかなり離れた所までこいで行き,
  オールを置いて穏やかな景色を楽しんでいました。

  すると突然, 娘が片足をボートから出してこう言うのです。

  「パパ, 降りる時間だよ。」

  わたしたちはとっさに娘をつかまえ 説明しました。

  「あのね, まだ降りる時間じゃないんだよ。

  無事に岸に着くまでは降りちゃいけないんだよ。」

  娘は, 岸に着く前に降りれば大変なことになると
  何度も言われて,ようやく納得しました。
   
  子供たちがそのような危険を冒すのは,
  単に親が持っている知恵を身に付けていないからです。

  天の御父の子供であるわたしたちも同じように,
  御父が望んでおられる終着点に到着する前に,
  愚かにも「ボートから出よう」と考えることがあります。・・・・・

  神からの祝福が得られるかどうかは常に,
  その祝福がかかわる律法に従順かどうかに左右されます。

  先ほどの我が家の話に当てはめてみましょう。

  わたしたちはまず, 主とともに「ボートに乗る」必要があります。

  それから,主と一緒にボートにとどまらなければなりません。

  こうして, 決められた時が来るまで
  「ボートから降りる」ことをしなければ,
   主の王国に着き, 高く上げられて永遠の命を得ることができます。』

  (聖徒の道1997年7月号)