高校野球山口県大会は、南陽工業が延長の末防府に3-2で勝ち
  4年ぶり3回目の夏の甲子園出場を決めました。
 
  5年前、宇部商の一員として息子が出場した際、
  持ち帰った甲子園の土が居間に飾ってありますが
  その甲子園の土についてこのような記事が載っていました。
 
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一番最初に甲子園の砂を持ち帰ったのは誰ですか?

  あ~甲子園!なんかいいですよね~純粋で♪負けた後の涙と、
  砂をかき集めている姿を見ると
  「あたしは何時から大人の階段をのぼっちまったんだ~(TT)と考えさせられます^^
  負けたチームは大抵「甲子園の砂」を持ち帰ります。
 
  いったいこの文化は何時から始まったのでしょうか?早速調べてみました。

  これは1949年 夏の甲子園大会 準々決勝のお話です。
 
  倉敷工高VS小倉北高の一戦の事でした。
 
  小倉北高のエース「福島一雄投手」が初戦から116イニングを一人で投げていました。
 
  しかし、この試合の9回の裏に打たれてしまい降板することになります。

  「今までずーっと一人で投げてきたのに・・・」相当悔しい思いをしたのは言うまでもありません。
 
  そして、チームも延長10回の末、さよなら負けをしてしまいました。
 
  試合終了時、福島投手はホームベースへと向かいます。
 
  砂を掴みなんとポケットに入れるではありませんか。

  後日、大会関係者から福島投手宛にこんな手紙が届けられました。
 
  「君は学校では絶対に教えてくれない事を学べたんだよ。
 
  お尻のポケットにある砂を一生大切にしなさい!」

  本人もビックリ「え?砂?」慌ててユニフォームのポケットを確認する福島投手。
 
  なんと本人は砂の事をまったく覚えていなかったのです。
 
  福島投手の砂をポケットに入れた行動に、関係者一同感動したそうで、
  その中の一人が手紙を書いたそうです。

  慌ててその砂を植木鉢に移し、大切に保管しているそうです。