●バーゲンセール

  今から144年前の1867年、アメリカの国務長官だった
  ウィリアム・H・スワード氏はとある買い物をしました。
 
  そのお値段なんと720万ドル、現在の日本円で
  およそ500億円とも言われております。
 
  腕時計でもクルマでも大豪邸でもありません。
 
  民からは皮肉たっぷりに「スワードの冷凍庫
  (Seward‘s Icebox)」と馬鹿にされ続けました。
 
  ところが今ではアメリカという国にとって
  無くてはならない物のひとつとなっています。
 
  2009年にはオバマ大統領も「大変良い買い物」
  と述べた冷凍庫とは一体何のことでしょう。

  正解はアラスカです。
 
  1700年代には、ロシア帝国やイギリス、アメリカなどが
  北米大陸の太平洋沿岸で先住民族と交易を行っていました。
 
  特にアラスカ地方はロシア人の殖民も積極的に行われ、
  事実上のロシア領となっていたようです。
 
  ロシア皇帝アレクサンドル2世はアザラシなどの
  水産資源が少なくなってしまったことやクリミア戦争での
  経済的疲弊を考慮し、売却相手を探し始めました。
 
  同地域での交易でライバル的存在だったイギリスは
  クリミア戦争でも敵国、そのような相手に
  この地を与えるわけにはいきません。
 
  そこでアメリカに白羽の矢が立ち、
  スワード氏が交渉相手として現れたのです。
 
  交渉はロシアの思惑通り見事成立、
  1867年3月30日午前4時にアメリカがアラスカを
  1エーカーあたり2セントでロシアから購入する条約が
  調印されました。

  前述した通りこの買い物はアメリカ国内で非難の的となります。
 
  しかし、間もなくアラスカ各地で金鉱脈が見つかり
  ゴールドラッシュに沸くようになりました。
 
  その後発見された油田は
  アメリカ最大の原油産出量を誇るプルドーベイ油田、
  アラスカは資源の宝庫だったことが分かったのです。
 
  東西冷戦の時代には対ソ連の最前線基地が置かれ、
  軍事的にも重要な役割を果たすことになりました。
 
  今考えると720万ドルは
  超破格のバーゲンセールだったことになります。

  こうしてスワード氏のアラスカ購入に関する評価は
  高いものに変わりました。
 
  現在アラスカ州ではアラスカ購入に関して
  2つの記念日が設けられています。
 
  1つは、1867年10月18日にアラスカの所有権が
  ロシアから正式に変更されたことを祝う
  アラスカ・デー(10月18日)。
 
  そしてもう1つが、スワード氏を記念する
  スワード・デー(3月の最終月曜日)です。
 
  見事な先見の明でアメリカに
  金や原油をもたらしたスワード氏。
 
  今後その価値はますます高まることが予想されます。
 
  (あるる)