●ボーナス
1.国内旅行、2.LED電球、3.贅沢な外食、
1.国内旅行、2.LED電球、3.贅沢な外食、
4.ブルーレイディスクレコーダー、5.海外旅行、
6.地デジ対応テレビ(37インチ以下)、7.扇風機(据置型)、
8.スマートフォン、9.節電・節水家電、10.ベッドや布団に敷く冷却マット
…この中に皆様のしたいこと、欲しいものはあるでしょうか。
これらは、20~60歳代の男女を対象にしたアンケートで選ばれた、
今年のボーナスの使い道ベストテンです。
ボーナスという言葉は、ラテン語の「良い」を意味する
ボーナスという言葉は、ラテン語の「良い」を意味する
『bonus(ボヌス)』が語源とのことで、そのラテン語の『bonus』は
ローマ神話の成功と収穫の神『ボヌス・エヴェントス』に由来しているそうです。
ボーナスは外来語ですが、その考え方は外来ではありません。
江戸時代の商人の『お仕着せ』という習慣が今のボーナスの基と言われており、
『お仕着せ』とは、主人から奉公人へ、
盆と暮れに着物やお小遣いが支給されていた習慣です。
これは、盆と正月に親元へ帰省するため、良い着物を着て、
手土産を持って帰れるようにと、支給されていたそうです。
また、会社として日本で始めてボーナスを支給したのは、
また、会社として日本で始めてボーナスを支給したのは、
三菱商会(現三菱商事)とされています。
岩崎彌太郎が明治6年に三菱商会を創設した当初、
日本の海運業の最大手は明治政府設立の日本国郵便蒸気船会社でした。
しかし、お客様本位を徹底し、次第に信頼と顧客を集めた三菱商会が
国内海運を独占するまでになりました。
国内敵無しの三菱商会でしたが、
明治9年にイギリスの海運会社ピー・アンド・オー社が日本市場に進出し、
それから熾烈な価格競争が行われました。
三菱は大幅なリストラと、経費削減、
岩崎彌太郎自身も50%減給するなどした結果、
同年9月にピー・アンド・オー社は撤退します。
岩崎彌太郎はこの勝利は社員の奮闘の賜物とし、
岩崎彌太郎はこの勝利は社員の奮闘の賜物とし、
頑張ってくれた社員に報いるため、年末に賞与を支給したそうです。
ちなみに支給されたのは給与のほぼ1ヶ月分、
毎年支給されることになったのは明治21年からです。
毎年支給されることになったのは明治21年からです。
かつては平均で年収の4分の1あったボーナスですが、
近年では会社の利益が増えればボーナスも多く、
減れば少なくなる会社が増えています。
ボーナスの元祖である「お仕着せ」、
今では「上から一方的に定められる」という語意で
使われるようになっているところに、面白さを感じます。
(あるる)