●とりあえずやってみる

  今から122年前の11月20日、アメリカのミズーリ州に
  男の子が生まれました。
 
  小学生の頃にイリノイ州へ転居しましたが、スポーツ万能の少年で、
  高校の陸上競技大会では7種目で1位
  (円盤投げ・ハンマー投げ・棒高跳び・立ち高跳び・走り高跳び・
  砲丸投げ・1マイルリレー)となり、走り高跳びではイリノイ州記録も
  樹立、まさにスター的存在でした。
 
  大学に入るとその恵まれた体格を活かし、
  彗星の如くボクシング界へ現れます。
 
  ものすごい重力の光速パンチを武器に、
  世界ヘビー級チャンピオンへの挑戦も
  勧められるほどの選手になりました。
 
  更にスポーツだけではありません。
 
  大学を卒業後、法律を学んで弁護士になったかと思えば、
  転職して教師になったりと、一風変わった経歴を持っています。

  これはある有名な人物の前半生を簡単に記したものですが、
  誰だかお分かりでしょうか。
 
  後半生、全く異なる分野でその名を宇宙に轟かすことになろうとは、
  本人でさえ予想していなかったかもしれません。
 
  彼の名はエドウィン・パウエル・ハッブル。
  現代では当たり前の「膨張する宇宙」を証明した
  20世紀最高の天文学者で、大気圏外で活躍する
  巨大なハッブル宇宙望遠鏡の名前にもなった人物です。

  続きをもう少しお話ししましょう。
 
  この後ハッブルは大学時代に学んでいた天文学を
  再度学び直すことを決意します。
 
  これがその後の人生を決めることとなりました。
  カリフォルニア州にある天文台の職員となり、
  残りの半生をそこでの研究に費やしたのです。
 
  多大な功績が讃えられ、それまで選考の対象外だった
  天文学の分野から初のノーベル物理学賞受賞となる予定でした。
 
  ところが通知を受け取る直前に亡くなり、
  遂に受賞は叶いませんでした。
 
  遺言により墓標は無く、墓の場所を知る者は誰もいないのだそうです。
 
  最期まで変わった人間でした。

  数多くの経験をしてきたこと、そしてその中から天文学を選んだことで、
  彼は学者として名を残すまでになりました。
 
  とりあえずやってみる、という一見無鉄砲な考え方が、
  今日の宇宙観を作っているのかもしれません。
 
  澄んだ秋の夜空は、今も昔も変わらずたくさんの星を
  私たちに見せてくれます。
 
  この星をハッブルも見ていたのかな、などと考えながら、
  冬へと移る星空を見上げるのもおつですね。
 
  (あるる)