4月1日  宇部支部出席 神権会 「主はよみがえられました」
 
  宇部支部に、いつもの通り出席しました。
 
  聖餐会では、8年間支部会長として働いてこられた
  三浦兄弟が解任され、新たに井上支部会長が召されました。
 
  新旧支部会長会の証を聞くことができました。
 
  今年は4月8日が復活祭ですが、
  神権会では、それに因んだ、
  モンソン大管長のメッセージについて学びました。
 
   「キリストがゲツセマネにおいて全人類のために
  してくださったことの重要性を,完全に理解できる人はいないでしょう。
  それでもわたしは,わたしたちのための
  主の贖いの犠牲に日々感謝しています。・・・・
  
   「ひどい苦痛や病気といった特別な状況にある人には,
  死は,憐れみの天使として訪れますが,ほとんどの場合,
  わたしたちは死を人の幸福の敵と考えます。
  回復された真理の光は,死の暗闇を追いやります。
  主は言われました。『わたしはよみがえりであり,命である。
  わたしを信じる者は,たとい死んでも生きる。また,生きていて,
  わたしを信じる者は,いつまでも死なない。』
   墓を超えた命というこの確信,そうです,この神聖な確証こそ,
  救い主が約束された平安を与えてくれるものです。
  主は弟子たちに約束されました。『わたしは平安をあなたがたに残して行く。
  わたしの平安をあなたがたに与える。
  わたしが与えるのは,世が与えるようなものとは異なる。
  あなたがたは心を騒がせるな,またおじけるな。』

   「救い主は生き返られました。人類の歴史の中で,最も輝かしく,
  慰めとなり,安らぎを与える出来事が起きました。
  主が死に打ち勝たれたのです。
  ゲツセマネとカルバリの苦痛と苦しみはぬぐい去られていました。
  人類の救いが確実になりました。アダムの堕落は贖われました。
  最初の復活祭の朝,空になった墓は,『人がもし死ねば,また生きるでしょうか』  と尋ねたヨブの疑問の答えとなりました。
  わたしの声の届く限りにいるすべての人に宣言します。
  人がもし死ねば,また生きるのです。
  啓示によって与えられた真理の光があるので,
  わたしたちはそのことを知っています。……
   愛する兄弟姉妹の皆さん,わたしたちはたとえこの上なく
  深い悲しみにあっても,最初の復活祭の朝に天使が告げた言葉から
  深い平安を受けることができます。
  『そのかたは,ここにはおられない。よみがえられたのだ。』」

   「わたしたちは笑い,泣き,働き,遊び,愛し,生きます。
  そして,死にます。……
  ナザレのイエスという御方とその使命なしには,
  人は死に定まったままでいたでしょう。……
   わたしは特別な証人として,心を込め,熱い思いを尽くして,
  神が生きておられることを高らかに証し,宣言します。
 
   イエスは神の御子,肉における御父の独り子です。
  わたしたちの贖い主であり,御父と人との間の仲保者です。
  わたしたちの罪を贖うために,十字架上で亡くなり,
  復活の初穂となられました。
  主が命を捨てられたので,すべての人は再び生きることができます。」
 
毎週、妻と交代で孫に付き添っていますが   
今月から、孫が出席するプライマリーに
孫と同じ年のシリカ君が転入してきました。
 
 
 
イメージ 2
おとなしく二人で、教室に入る準備をしています。
イメージ 1

神妙な顔つきです。
 
でも、カメラを向けると・・・
 
イメージ 3
  
ハイ、ポーズ
 
イメージ 4
 
意気投合した二人は、
クラスが終わってから、
教会の中や、駐車場で走り回り、
追いかけるのに疲れ切ってしまいました。
 
こんな週がこれからも続きそうです。