●忘れられない男

  1828年5月8日、スイスの都市ジュネーブに
  ジャン・アンリ・デュナンは生まれました。
 
  名前を聞いてどのような人物か分かる方は多くないかもしれません。
 
  ただ、彼が創設に貢献した団体は現在186の国と地域で活動しており、
  子供から大人まで誰もが知る存在となっています。
 
  白地に赤い十字をあしらったマークは、
  彼の祖国スイスの国旗をもとに定められたと言われています。
 
  昨日は「赤十字の父」ことデュナンの誕生日であり、
  国際赤十字デーでした。

  青年実業家だったデュナンは、事業拡大のため
  ナポレオン3世への直訴を考えました。
 
  1859年、その目的のためイタリアへ向かう道中、
  戦闘に巻き込まれてしまいます。
 
  当時ナポレオン3世はイタリア・フランス連合軍を指揮し、
  オーストリア軍と戦争の真っ最中だったのです。
 
  4万人以上の死傷者が出たこの戦いの中で、
  福祉活動に関わっていた両親の影響や、
  幼少期に厳格なキリスト教の中で育った経験から、
  地元住民とともに敵味方の区別なく救護活動を行いました。

  数年後、この時の体験をもとにジュネーブのアパートの一室で
  4人の仲間と「5人委員会」を立ち上げます。
 
  これが後の「赤十字国際委員会」です。
 
  交渉の結果、1年後には欧州を中心に16カ国を招き、
  戦時救護を規定したジュネーブ条約が採択されました。
 
  精力的に活動するデュナンでしたが、
  事業の頓挫や金融機関の破綻が重なり、
  1867年に会社は倒産、その後の足取りも全く分からなくなります。
 
  しかし、それから数十年経った1895年、とあるドイツ人新聞記者が
  スイスのハイデンという町の老人ホームで無口な老人に出会いました。
 
  最初話そうとしなかった老人はやがて記者に心を開くようになり、
  若き日々のことを語ったそうです。
 
  記者はこの老人がデュナンであることを知り、
  スクープ記事として新聞の一面に掲載しました。
 
  これを機に1901年に第1回ノーベル平和賞を受賞することとなり、
  デュナンは自身が立ち上げた赤十字社のためにと、
  賞金を全額赤十字社に寄付したそうです。

  一度は世間に忘れ去られたデュナンですが、
  赤い十字が示す功績は今後も決して消えることはないでしょう。
 
  デュナンの掲げた公平中立な奉仕の精神が
  今後も世界に浸透していくことを願いながら、
  私たちが普段からできることを今一度見つめ直す日に
  なることを望んでいます。
 
  (あるる)