家造りから「大工」が消える? 効率化の光と影

 大工がノミやカンナで木材を削り、穴を開け、柱やはりを組んでいく。何もなかった土地に戸建て住宅が姿を現す――。家を建てると聞けば、そんな風景が脳裏に浮かぶのではないだろうか。
 だがそうした建築現場は、もうほとんどない。「昨今の木造建築の95%以上はプレカット工法だ」。住宅メーカー・ポラスグループ傘下で、住宅向けの木材加工で最大手のポラテック(埼玉県越谷市)の北大路康信・専務取締役は、今の木造建築の現状をこう解説する。
 プレカット工法とは、木造住宅に用いる木材を事前に工場で加工し、現場に搬入する工法のこと。大工が現場で一本ずつ木材を加工していく在来工法に代わり、コストカットや工期短縮に資するプレカットが急速に普及している。

木材加工の「無人工場」

 茨城県坂東市にあるポラテックの基幹工場。ベルトコンベヤーの上を無数の木材が流れていく。

 ドリルやカッターが器用に動き回り、1本の木材を柱やはり、羽柄材(家を支える構造材以外の部材)など、さまざまな部材へと加工していく。

 「工場の生産能力は月8.5万坪」(秋野龍プレカット生産本部長)であり、平均的な戸建て住宅の広さを34.53(住宅金融支援機構調査)とすれば、坂東工場の生産分だけで月におよそ2500戸もの家が建つ計算だ。

 加工はすべて機械で行うため、工場内は想像以上に閑散としている。人間の仕事は木材の梱包や運搬、そして機械のメンテナンスだけだ。別の工場ではそれすらも機械化を進めており、「工場内に人間がおらず、真っ暗で懐中電灯が必要なほど」(北大路専務取締役)だという。

 顧客も大手ハウスメーカーから地元の工務店まで広がり、プレカット抜きに木造住宅は成り立たなくなった。

 活況を呈するプレカット市場の背景には、木造住宅の工法の変化がある。かつては柱やはりを組み、筋交いを入れることで骨組みを作る昔ながらの在来工法が主流だった。

 だが1970年代から、コストと工期を圧縮し、住宅を大量に供給するための手法として、柱の代わりに壁で家を支える2×4(ツーバイフォー)やプレハブ工法が主流になっていった。

ポラテックの坂東工場も、1982年の開設当時は自社施工の住宅向けに木材を加工する工場にすぎなかった。だが新工法の普及を受けてプレカットは大手ハウスメーカーから地場の工務店まで引っ張りだこになり、現在工場で製造する部材の9割は外部に出荷されている。今ではポラテックを柱とするポラスグループ全体でのプレカット事業の売上高は20年前からおよそ10倍にまで成長した。

 プレカットの隆盛とは対照的に、在来工法の担い手であった大工を取り巻く環境には、大きな変化が起きている。

もはや「大工」ではない? 

 「このところ、大工の腕が相当落ちてきている」――

 横浜市の工務店、森の恵(めぐみ)を営む松永賢司社長は、最近の大工事情を苦々しく語る。腕とは、まっさらな木材に自分で目印をつけ、手作業で加工する技術で、それぞれ「墨付け」や「刻み」などと呼ばれる。寸分の狂いもなく加工するためには、家の完成予想図や木材の特性、部材の役割などを隈無く頭に入れておく必要がある。

 一方、プレカットなら現場での作業は部材を組み立てるだけ。現場で木材を逐一加工する必要がなくなることは、裏を返せば墨付けや刻みといった在来工法の技術を身に付ける必要もなくなる。

 森の恵は6人の大工を抱えているが、建築や改築はすべて手作業で行っている。松永社長によれば、ほとんどの工務店では出来合いの部材を組み立てる仕事が主流だそうだ。「そうした仕事が、はたして大工と呼べるのか。大工とは何なのか、という話になってくる」(松永氏)

 大工への逆風はプレカットの普及以外にもあるようだ。

 東京都内でドアや襖(ふすま)などの建具を手掛ける岩木屋木工(江東区)の岩木昇代表は「大工は木材の加工や組み立て以外にも、ボードを貼ったり内装を加工したりと家のことなら何でもできた。自分も昔は鉄筋だって組んだこともある。でも今は『床は床屋』、『天井は天井屋』と仕事が細分化された。新築なら、もはや大工の出番はないだろう」と話す。

木造住宅のことなら何でもお任せという器用さが、今では「器用貧乏」になりつつある。

 その結果、木造住宅の着工戸数が底打ちの感を見せる一方、大工の人数はピーク時の4割を切ってなお減少の一途をたどる。

 大工が消えれば、大工が使う道具も消える。ノミやカンナといった大工道具の一大産地である兵庫県三木市では「道具を作っている店は今や5軒程度」(三木工業協同組合)。もう1つの産地である新潟県三条市でも「同様に厳しい状況」(三条商工会議所)だという。

道具メーカーも苦境に

 苦しいのは地場の金物業者だけではない。金属加工大手のリョービは20179月、ドリルや電動ノコギリ、ドライバーといった電動工具部門であるパワーツール事業を京セラに譲渡すると発表した。

 子会社のリョービパワーツール時代から経営が振るわず、2001年には全社員の8割に当たる120人もの希望退職者を募った過去もある。生産拠点の海外移管や商品ラインナップの見直しなどのテコ入れを行うも、「パワーツール市場の成長が見込めない」(リョービ)ため、とうとう事業部門ごと手放す結果となった。

 こうしたことのシワ寄せは現役の大工に向かう。「コミ栓角ノミ機の復活を!」――リョービが2008年に製造を中止した電動工具の復活を求め、2014年末から2015年にかけて、ネット上で署名活動が展開された。

 柱を組み合わせる際、くぎなどの金物の代わりに木材の凹凸をかみ合わせて固定させる。コミ栓角ノミ機は、その凹凸の加工に用いられていた工具の1つだ。署名運動を受け、三重県伊勢市の松井鉄工所が2016年に、リョービも2017年に復活させた。

 伝統建築を手がける、ある宮大工も「昔に比べて道具が入手しづらくなった。鍛冶屋にオーダーメードで頼んでいるため何とかなっているが、コストがかかってしまう」とこぼす。

 大工にとって厳しい状況が続く中、業界からは「伝統建築を修復する技能が継承されなくなる。機械で加工すればいいという話もあるが、建築物としてのおさまりを考えれば、木工技術を理解している職人は不可欠だ」(全国中小建築工事業団体連合会の佐藤桂太事務局長)という危機感が募るばかりだ。

厳しい状況に置かれた大工だが、一縷(いちる)の望みも残されている。リフォーム市場だ。

 仕様が決まっている新築住宅とは異なり、既存住宅の補修・改築の方法は千差万別。大量生産を得意とするプレカットが苦手とする分野で、「リフォーム市場は視野に入れていない」(北大路専務)

リフォーム市場に活路

 森の恵や岩木屋木工でも、住宅の修繕やリフォームの需要が大半だ。「既製品では対応できない工事もたくさんあるうえ、改築する場所以外の部分を傷つけずに施工するには技術がいる」(岩木代表)

 大手ゼネコンからも伝統建築や和室の工事の依頼が舞い込むなど、新築以外に目を向けると、大工の腕が頼りの場面はまだまだ多い。

 東証1部上場で中古住宅の再生事業を手掛けるカチタスは、「プレカットは新築での施工は容易だが、リフォームでは在来工法(大工による施工)とあまり変わらないか、むしろ難しくなる。大量の木造住宅をリフォームするうえで、優秀な大工はたいへん有用な存在」と語る。年間の木造住宅取扱い戸数の増加に伴い、大工に外注する工事量も増えているという。

 手仕事と機械とのせめぎ合いは、どの業界でも行われてきた。大工が家造りの担い手でい続けられるか、正念場だ。
(一井 純 :東洋経済 記者)