キャッシュレス時代に日本人が「現金主義」から抜け出せない真因
 
 ●キャッシュレス決済は最低水準

  20184月に経産省が発表した「キャッシュレス・ビジョン」によれば、
  2015年時点での日本のキャッシュレス決済比率は18%で、
  韓国の89%、中国の60%、アメリカの45%と比較して大きく遅れている。
  その後の3年間でも、日本のキャッシュレス比率は大きくは増えてはいない。
  今回は、どうすれば日本人が「現金主義」から抜け出せるのかを考えてみたい。
 
  1990年代、世界的に電子マネーの時代が到来することが予想される中で、
  筆者はある大企業からコンサルティングの依頼を受けた。
  「どうすれば、それを止められるだろうか」という依頼だった。
  コンサルタントチームで頭をひねった結論は、
  いち早く「現金が便利な世界をつくってしまう」ことだった。

  その後、ほどなくして主要なコンビニにATMが置かれ、
  ATMの利用料が無料になる金融機関が増え、
  日本は現金が便利な社会へと進化していった。
  依頼をしてきたメーカーについては、ご想像にお任せしたい。

  そういう世界ができるのを手助けした立場で言うのも何だが、
  日本のキャッシュレス化は、前述の企業の目論見通り、
  20年は遅れてしまった。
  なにしろ世界一現金が便利な世界ができ上がっており、
  金融機関も小売店も飲食店も、その前提で設備投資をしてしまっている。
  いまさらキャッシュレス化に動くインセンティブは小さいだろう。
 
  そうした前提に基き、今回は立場を変えて、
  どうすればその状況を壊すことができるのかを考えてみた。
  日本のキャッシュレス化が進まない理由を考えると、
  現金が便利になっていること以外に3つのハードルがある。

【ハードル1
電子マネーが多すぎる
 
  先進国の中で比較して日本に顕著な傾向の1つが、
  クレジットカード、デビットカード、電子マネーの保有枚数が多いことだ。
  前述の「キャッシュレス・ビジョン」によれば、
  日本人は1人あたり平均8枚弱を保有している。
  内訳はおおよそだがクレカ2枚、デビット3枚、電子マネー3枚。
  韓国の5枚、アメリカや中国の4枚と比べてとにかく多い。
 
  このうち電子マネーの特徴は、発行されている種類が多く、
  お店によって使えないケースが多いということだ。
  たとえば、セブン-イレブンでは「WAON」は使えないし、
  まいばすけっとでは「nanaco」は使えない。
  JRの改札では「WAON」も「nanaco」も使えない。
  ライバルを排除することで自社の勢力を伸ばそうという
  電子マネー各社の欲深さが、実は普及の障壁になっている。
 
  考えてみるとわかるが、電子マネーがこれだけ分散してしまうと、
  財布の中のお金を把握するのが難しい。
  今、「SUICA」にいくら、「WAON」にいくら、nanaco」にいくら、
  「Edy」にいくらのお金がチャージされているのか、私だってわからない。
  わからないから、チャージ額は常に最小単位にしておく
  というのが私の自衛策だ。
  そうすれば、主に現金を数えておけば、
  財布の中に入っている手持ちのお金がだいたいわかる。
  電子マネーの業界再編に手をつけるかどうか――
  ここがまず、最初のハードルなのである。

【ハードル2
個人情報保護の壁
 
  では、「SUICA」と「WAON」と「nanaco」と「Edy」が合併したら
  一気に問題が解決するのかというと、そう簡単にはいかない。
  容易には合併できない理由がある。
  電子マネーは顧客情報の宝庫だからだ。

  セブン-イレブンで「WAON」を使えるようにしたら、
  ライバルであるイオンに、顧客がセブン-イレブンで
  どんな風に買い物をしているかという情報が流れてしまうかもしれない。
  逆もまた真なりだ。
  だから電子マネー各社とも、
  ライバルには情報を渡したくないと考えている。
 
  実はこうした状況を強固に後押ししているのが、個人情報保護法だ。
  この逆なのがアメリカで、個人情報を保護する仕組みを構築した上で、
  消費者の購買情報の売買が盛んである。

  流通各社は、べつに消費者個人が何をどう買ったか
  という情報が欲しいわけではない。
  個人は匿名で構わないので、
  消費者の行動についてのビッグデータが欲しいだけだ。
  それがアメリカでは流通している。
 
  このように、適正価格でデータを流通させる仕組みがあれば、
  わざわざコストをかけて自前の電子マネーを運営する必要はない。
  しかし日本では、法律と社会的な嫌悪感の双方から、
  そのような情報の流通を阻害する雰囲気が醸成されている。
  だから、各社とも自前の電子マネーをやめることができない。
  結局、電子マネーの数が多すぎる状況は変わらない可能性が高いわけだ。

【ハードル3
現金に対するペナルティがない

 
  ポイントとしてもう1つ挙げられるのは、海外のキャッシュレス社会は
  そもそも現金についてのペナルティを出発点にしているという点だ。
  世の中には偽札が多い国というのがあって、
  そこでは消費者が買い物で偽札を手渡されることが日常的にある。
 
  バックパッカーで世界を巡って来た知人に聞くと、
  偽札だけでなくめちゃくちゃ古い汚れたお札についても要注意だという。
  へたにお釣りで古くて汚いお札を渡されると、
  次のお店で支払いを拒否されたりして、とても難儀するというのだ。
  そうした国からまず、キャッシュレス化は進んでいる。

  日本の場合、そもそも現金が便利だから先進国で最も
  (というか、お堅い国民性のドイツに次いで、微妙な差で二番手くらいに)
  キャッシュレス化が進んでいない。
 
  しかし現金に対するペナルティは、人為的につくり出すことが可能である。
  日本でも、クレジットカードや電子マネーで買い物をすると
  1%のポイントがついてくる。
  これは電子マネーのメリットとも言えるが、
  現金払いに対する1つの小さなペナルティでもある。

制度としてつくることも可能
 
  キャッシュレス先進国の韓国では、
  これに加えて2つの人為的な工夫がなされている。

  1つはクレジットカードで買い物をすることで、税金を控除できる。
  日本の医療費控除と同じように上限はあるが、
  ともかく「キャッシュレス払いなら税金が減る」
  ということはインセンティブとして強く、
  韓国でのキャッシュレス普及の一因となっている。
 
  同時に韓国では、お釣りを電子マネーで受け取ることができる。
  現金が主流の日本において、唯一と言っていい大きなペナルティが、
  小銭で財布が膨れることだ。

  不良中年世代としては、小銭で膨れた財布はちょっとカッコ悪いと思っている。
  電子マネーが支払いだけでなくお釣りの受け取りにも使えるのであれば、
  私の場合は支払いに電子マネーを差し出すシーンが増えると思う。
 
  現金のペナルティは、他にも制度としてつくることができる。
  そもそも韓国ではマネーロンダリングや脱税防止の観点から
  前述の政策が進められたという。
  この考え方は日本でも有効であり、飲食店や小売店において
  「現金売上については税金が加算される」ないしは逆に
  「クレカや電子マネーなど電子データで記録される
  売上については税金が少なくなる」という法律をつくればいい。
 
  税金が1%でも安くなるのであれば、
  小売店や飲食店は進んでキャッシュレスの支払いを推進するだろう。
  一方税務署は、売上の把握が簡単になるので
  最終的に税収は増えるのではないか。
 
  結論を言えば、これまで述べてきた「3つのハードル」を壊すことは、
  現実的にはなかなか難しいだろう。
  まだしばらくは、日本に「キャッシュレス時代」は訪れないものと予想される。
 
  (ダイヤモンドオンライン 記事から