●広島カープの組織論、なぜエースが抜けても3連覇できたのか

  プロ野球セントラルリーグのクライマックスシリーズは
  いよいよファイナルステージを迎え、
  2年ぶりの日本シリーズ進出を狙う広島東洋カープが登場します。
  そんなカープは、2位のチームと圧倒的なゲーム差をつけて
  レギュラーシーズンで3連覇を果たしました。

  一方、2018年度のカープの年俸総額は12球団中6位で、
  1位の福岡ソフトバンクホークスの半分以下と決して高いわけではありません。
  一人ひとりの力を最大限に引き出すカープのチームづくりは、
  まさにこれからの組織マネジメントのヒントになります。
  人事戦略コンサルティングの第一人者・南和気氏が、
  人事が事業を支える企業を紹介していきます。
  今回は広島東洋カープを取り上げます。

FA補強を全くしないカープが
セントラルリーグ3連覇


  926日、プロ野球セントラルリーグは、広島東洋カープ
  (以下、カープ)が優勝し、見事3連覇を成し遂げました。
  しかも、4月下旬に首位に立ってから一度もその座を明け渡すことなく
  最後まで独走を続け、まさに圧倒的強さを見せつけています。
 
  今でこそカープは、カープ女子という言葉が生まれたように
  若い女性からも注目されるほどの人気球団となり、
  球場のチケット入手も困難なほどですが、
  もともと常勝軍団だったわけではありません。

  2016年シーズンの優勝は実に25年ぶりで、
  1年前の2015年シーズンは首位と6.5ゲーム差をつけられた
  4位に終わっていたチームでした。
  しかも、カープは伝統的にFA(フリーエージェント)制度による
  選手獲得には消極的で、FA制度が始まった93年以来、
  1人の選手も獲得していません
  (最も獲得しているのは読売ジャイアンツの24人)。
 
  さらに2015年のオフには、エースの前田健太投手がメジャーリーグに移籍、
  加えてチームの精神的な支柱とも言われた黒田博樹投手も
  同じく2016年オフに引退といったように、
  中心となる選手が次々とチームを離れていきました。
  そんななかでの3連覇なのです。

  いわば、「中途採用に消極的な歴史ある日本企業が、
  エース中のエースである営業本部長の退職、
  長らく精神的な象徴として支えてきた役員も定年退職を迎えたなか、
  25年ぶりにシェア1位を獲得し、それを3年連続維持するという
  快挙を成し遂げた状態」と言い換えられるでしょう。

「絶対的エースだけ」に頼っていては
勝てない時代がやってきた


  従来のプロ野球では、打者であれば4番打者、
  投手であれば先発のエース投手、
  さらに守護神と呼ばれるリリーフ投手を
  まずチームの柱としてつくりあげることで、
  チーム運営が安定すると考えられていました。
 
  しかし、4番打者だからといって、他の選手より多く打席に立つわけではありません。
  また先発のエース投手は、最近では1週間に1度程度しか登板しません。
  年間143試合、さらにポストシーズンの約10試合を戦うシーズンの
  長いプロ野球において、「中心選手だけに頼るチームづくり」には疑問が残ります。
 
  ここで、この3年間のカープの4番打者を見てみましょう。
  2016年は、中日ドラゴンズから獲得したルナ選手が開幕4番打者を務めますが、
  早々に怪我によって離脱し、前年、阪神タイガースを
  自由契約になって獲得した新井選手が代わりを務めました。
 
  2017年には開幕4番を新井選手が務めるものの、
  春先には若手の鈴木選手を抜擢して4番に据え、
  さらにシーズン後半は鈴木選手が怪我によって離脱したため
  ベテラン松山選手に代わっています。

  2018年こそ鈴木選手がようやく安定して務めるようになっていますが、
  レギュラーシーズンの勝利試合数は、
  2018年がこの3年間で最も少ないまま終わりました。
 
  つまり、カープは4番を打つ打者が怪我などでチームを離脱したからといって、
  すぐに同じレベルの選手が存在するわけではなく、
  代わりになる選手が入れ替わりながら、4番打者だけに頼らなくとも、
  チームとしての力を失わない攻撃のスタイルを確立していったのです。
 
  日本プロ野球は、今や世界を代表するレベルに達しています。
  スピード、パワーも年々上がっており、選手の怪我や故障も頻繁に発生します。
  また、データによる分析は高度に発達していて、
  徹底した研究が行われるため、かつてのように、ひときわ高い能力を持った
  スーパースターが長年活躍し続けることは難しくなっています。
 
  つまり、昔よりも外的な変化にさらされる環境になっている今、
  チームとして勝ち続けるためには、仮に主力選手が怪我をしたり、
  研究されて調子を落としたりしても、次々と新たな選手を輩出し、
  成績を落とさないチームづくりが求められているのです。

組織の3段階モデルによる発達

  企業においても、時代背景に合わせて、
  強さを発揮する組織の在り方が変化してきています。
  最も基本的な組織のモデルは、「ルール型組織」です。
  これは私たちが属している社会のようなものです。
  この社会には法律というルールが存在していて、そのルールの範囲内で、
  私たちはそれぞれ個々の目的に向かってバラバラに活動しています。
 
  この組織モデルは人に依存せず、ルールやマニュアルによって
  品質を維持しなければならない工場のラインやフランチャイズの店舗、
  法務部や経理部の一部の業務などにおいて効果を発揮します。
 
  ただし、このルール型組織では、
  ルールを外れた例外的な場面に対しては迅速に対応することが難しく、
  個人がいくら優秀でもルールの範疇でしか力を発揮できません。

  そこで次の段階として、集団はリーダーを求めるようになります。
  この組織モデルが、「リーダー型組織」です。
  従来のプロ野球で言う「エースを育成するチームづくり」ともいえます。
 
  目標を掲げ、大きな方向性、価値観を示すことができるリーダーがいれば、
  それほど細かなルールで縛らなくともチームはうまく回っていきます。
  また、リーダーの方針がはっきりしていれば、
  チームメンバーは組織が向かう方向性を理解できますし、
  大きな意思決定についてはリーダーに委ねればいいので、
  メンバー全員が必ずしも優秀でなくとも、
  チームとしての成果を短期間で効率的に上げられるようになります。

  実は、ビジネスの世界においても、ほとんどの企業が
  目指している組織力向上の形はこの形です。
  しかし、1つ問題があります。
  それは「リーダーが変わると全部変わってしまう」ことです。
  リーダーが変わるたび、すべて一からやり直しになるのは、効率が悪いうえに、
  組織としての戦略や活動の継続性も担保されません。
 
  例えば、プロ野球の監督は数年ごとに変わっていきますが、
  そのたびにチームの育成方針や選手獲得方針が変われば、
  選手は自分に求められる役割や、指導方針が変わってしまい、
  継続的にスキルを高めていくことができません。

  カープは監督が誰であろうと、「FA選手を獲得せずに育成する」
  というチームづくりの基本となるビジョンが変わりません。
  よって選手も将来を見据えて練習に打ち込むことができます。
 
  かつてはカープもリーダー型のチームづくりをしていた時代がありました。
  しかし、1999年に江藤選手、2002年に金本選手、2007年に新井選手と、
  当時の生え抜き4番打者が次々とFAでチームを離れるという、
  あまり例を見ない事態を経験。
  そこで、4番打者がチームを離れるたびに次の4番を育成するよりも、
  1人の4番打者に頼らなくてもチーム力が維持されるような
  チームづくりへと舵を切ったのではないでしょうか。
 
  特に、2015年からカープの指揮をとる緒方監督は、
  主力選手が怪我をするたびに若い選手を積極的に起用し、
  結果としてチームとしての選手層の厚さを実現しています。

リーダーシップを分散する
新たな組織モデル「パルテノン型」


  組織モデルの最終段階は、1人のリーダーだけが組織を牽引する形ではなく、
  組織内で複数人にリーダーの役割を与え、
  リーダーシップを分散するような組織モデルです。

  こうした組織の在り方を、「パルテノン型組織」と呼びます。
  ギリシャのパルテノン神殿が複数の柱に支えられるのと同じく、
  1つの目的に向かってメンバーそれぞれに権限移譲され、
  複数のリーダーが組織を支えるのです。
 
  例えば、カープにおいては、内野の守備を支える菊池選手、
  主にトップバッターとしてチーム最高の盗塁数を誇る田中選手、
  外野守備を支えながらチームで最も本塁打を放った丸選手、
  そして今期4番を務めた鈴木選手など、多くの選手が自らの役割や強みを理解し、
  そのなかでリーダーシップを発揮しています。
  誰が絶対的中心選手だというわけではありません。

  かつては、「勝つも負けるも4番の責任」
  というようなことが言われた時代もありました。
  しかし、1人の打者に攻撃を託すことで、
  相手チームの警戒やプレッシャーが集中し、
  好不調の波も大きくなります。

  カープはチーム内の役割と責任を分担することで、
  相手チームからの警戒や分析、
  また選手の好不調や怪我といったリスクを分散しているのです。
 
  パルテノン型組織において結果を出すためには、3つのポイントがあります。

  1つ目は、組織のなかの一人ひとりが「このミッションのために働いている」
  「組織の目指す方向性と自分の強みが重なっていて、
  組織で働くことに意味を感じている」といった、
  組織とのつながり、共通の価値観を持つことです。
  リーダーシップを分散するからといって組織の目標が変わるわけではないので、
  皆が別々の方向を向いていると組織としての結果は出ません。
  あくまで変化に対応しながら、組織の目標に向かって、
  人材の力を最大限に引き出すことが大切です。
 
  2つ目は、「この組織のなかで自分の役割は何か」
  「何を任されているのか」という意識づけを明確に行うことです。
  任された範囲においては、自分に決定権限があり、
  他のメンバーをリードしていくという自覚を持たせることで、
  組織内に複数のリーダーシップが生まれてきます。

  3つ目は、「判断に必要な情報や戦略が共有されていること」です。
  パルテノン型組織においても、管理職は必要です。
  ただし管理職は、チームメンバーの育成や、配置、人事的な業務、
  他の組織との調整などを担っている1つの役割として捉えます。

  プロ野球においても、監督は広い視野でチーム全体を見渡して
  戦力のバランスや戦略を考えます。
  しかし、いざゲームが始まれば監督が実際にプレーするわけではありません。
  また、一つひとつのプレーにおける瞬時の判断を、
  選手個人が自信を持って行えるかどうかは、
  選手全員が、勝つためのチームの戦略や相手チームのデータなど、
  正しい判断をするための情報を把握しているかどうかにかかっています。

  リーダー型の組織では、リーダーが重要な判断を行いますが、
  それはリーダーが圧倒的に情報を把握しているためです。
  リーダーシップを分散するには、情報を徹底的に共有することが重要です。
 
  企業において、確かにリーダーは必要な役割であり、育成は大切です。
  しかし優秀なリーダーであればあるほど、カープと同じく、
  他社に引き抜かれていく可能性も高まります。
  これからの「変化の時代」においては、リーダーの役割を再定義し、
  役割と責任を分担できる組織こそが、継続的に勝つ組織となります。
 
  そのためには、組織がどのような目的のために存在し、
  その目的を達成するために
  どのような戦い方をしていくのかというビジョンや戦略が、
  組織全体に浸透していることが組織の強さの源泉となるのです。
 
  (ダイヤモンドオンライン 記事から)