気楽な独り言

(有)山野工務店を経営。 国産材を使い、職人の手作りにこだわった家造りをしています。 新築住宅やリフォームなどの事例をご紹介します。 また時々好きな旅行の記事や日々の出来事なども投稿していきます。

ボランティア活動

無料相談会(ヤマノFP行政書士事務所)

無料相談会(ヤマノFP行政書士事務所)

6月22日(水)と29日(水)の
午前9時から12時の間、
琴芝駅前のシルバーふれあいセンターにおいて、
無料相談会を行います。

イメージ 1

広がる”こども食堂”

 ●広がる”こども食堂”
====================================

  『こども食堂』をご存知ですか?

  16.3%。これは平均的な所得の半分を下回る世帯で暮らしている
  18歳未満の割合「子どもの貧困率」です。

  家計は子供の食生活にダイレクトに影響しますが、この数字は
  今の日本の子どもの「6人に1人が貧困に該当する」ことを示しています。

  厚労省の研究班が13年に実施した調査では、
  標準的な所得の半分を下回る世帯の子供は
  「家庭で野菜を食べる頻度が低い(週3日以下)」割合が一般世帯の2倍、
  「インスタント麺やカップラーメンを週1回以上食べる」割合は2.7倍でした。

  そんな中、2012年ごろから子どもだけでも1人で立ち寄れる
  『こども食堂』がスタートしました。

  最近テレビや雑誌でも取り上げられるようになってきた『こども食堂』ですが、
  周知度はまだあまり高くありません。

  あるときは喫茶店が、あるときは老人ホームの一室が、
  子供たちの食卓の場に姿を変えます。

  家庭が貧しく十分に食事ができない子はもちろん、不登校の子どもや、
  一人親世帯や両親の仕事が忙しいなどの理由で、
  夕食が不規則になりがちな子供たちに無料~低価格で、
  共同で食事をする機会を提供しようとする取り組みです。

  月1回~2回と定期的に開かれている地域が多く、
  子供は無料~300円前後でバランスの取れた温かい食事を、
  地域の人たちと食べることができます。

  『こども食堂』は、「孤食」が深刻な問題として取り上げられた東京で始まり、
  今では全国に広がりつつあります。

  昨年の夏、滋賀県内の福祉団体が『こども食堂』を作るよう呼びかけたところ、
  16の団体が手を挙げました。

  ただ、やはり慈善事業ですので開催地や開催日を増やしたい一方、
  運営費や食材費などの資金面での問題は大きいようです
  (運営のほとんどが食材の寄付と寄付金で賄われています)。

  また保健所の許可が下りず、なかなかオープンできないところもあるとか。

  そして何より、限られた地域の中でも、経済的な事情や生活での苦しさ、
  しんどさを抱えている家庭は見えにくいのが現状です。

  特に周りとの関わりを極力絶ってしまっている家庭にはなかなか
  『こども食堂』の存在が認知されないようです。

  今後、子供や保護者同士、学校の先生など、
  気付いた人たち・気付ける立場の人たちが『こども食堂』に誘い、
  紹介するという学校や地域全体の連携がもっとなされれば、
  子ども食堂ネットワークは飛躍的に拡大するのではないでしょうか。

  (アルフィックス日報)

第11回 通学合宿 in ときわ

9月28日  第11回 通学合宿 in ときわ
 
イメージ 1
 
今年も常盤小学校5,6年生を
対象にした「通学合宿 in ときわ」が
常盤ふれあいセンターで始まりました。
 
イメージ 2
 
末娘が小学校だった時に始まった
通学合宿も11回目となりました。
 
今年は、男子6名、女子14名
合計20名で行われます。
 
イメージ 3
 
イメージ 4
 
今年のスケジュールと
食事の献立。
 
イメージ 5
 
ホールで合宿での
注意事項などが
話された後、
 
イメージ 6
 
合宿に入り、
最初の夕食が
当番の班によって
準備されました。
 
イメージ 7
 
この日の夕食は、
定番のカレーライス。
 
なかなかの出来でした。
 
イメージ 8
 
後片付けは全員で・・・。
 
イメージ 9
 
翌日の朝ごはんの班が
卵をゆでて
準備完了です。
 
イメージ 10
 
数人づつに分かれて
近所の家に入浴へ。
 
この後、学習や反省会などをして
初日の活動を終えました。
 
この日は、泊りだったので
男の子たちと一緒に
1晩過ごすことになりました。
 
イメージ 11
 
翌日の朝食。
 
イメージ 12
 
後片付けの後、
学校に行く準備をし、
老人会の方たちに連れられて
元気に登校していきました。
 
今回の自分の責任はここで終わり・・・
10月2日(木)まで
無事に通学合宿が行われ、
子供たちが少しでも
成長してくれることを
願っています。
 
 
 
 
 
 
 

忘れられない男

 ●忘れられない男

  1828年5月8日、スイスの都市ジュネーブに
  ジャン・アンリ・デュナンは生まれました。
 
  名前を聞いてどのような人物か分かる方は多くないかもしれません。
 
  ただ、彼が創設に貢献した団体は現在186の国と地域で活動しており、
  子供から大人まで誰もが知る存在となっています。
 
  白地に赤い十字をあしらったマークは、
  彼の祖国スイスの国旗をもとに定められたと言われています。
 
  昨日は「赤十字の父」ことデュナンの誕生日であり、
  国際赤十字デーでした。

  青年実業家だったデュナンは、事業拡大のため
  ナポレオン3世への直訴を考えました。
 
  1859年、その目的のためイタリアへ向かう道中、
  戦闘に巻き込まれてしまいます。
 
  当時ナポレオン3世はイタリア・フランス連合軍を指揮し、
  オーストリア軍と戦争の真っ最中だったのです。
 
  4万人以上の死傷者が出たこの戦いの中で、
  福祉活動に関わっていた両親の影響や、
  幼少期に厳格なキリスト教の中で育った経験から、
  地元住民とともに敵味方の区別なく救護活動を行いました。

  数年後、この時の体験をもとにジュネーブのアパートの一室で
  4人の仲間と「5人委員会」を立ち上げます。
 
  これが後の「赤十字国際委員会」です。
 
  交渉の結果、1年後には欧州を中心に16カ国を招き、
  戦時救護を規定したジュネーブ条約が採択されました。
 
  精力的に活動するデュナンでしたが、
  事業の頓挫や金融機関の破綻が重なり、
  1867年に会社は倒産、その後の足取りも全く分からなくなります。
 
  しかし、それから数十年経った1895年、とあるドイツ人新聞記者が
  スイスのハイデンという町の老人ホームで無口な老人に出会いました。
 
  最初話そうとしなかった老人はやがて記者に心を開くようになり、
  若き日々のことを語ったそうです。
 
  記者はこの老人がデュナンであることを知り、
  スクープ記事として新聞の一面に掲載しました。
 
  これを機に1901年に第1回ノーベル平和賞を受賞することとなり、
  デュナンは自身が立ち上げた赤十字社のためにと、
  賞金を全額赤十字社に寄付したそうです。

  一度は世間に忘れ去られたデュナンですが、
  赤い十字が示す功績は今後も決して消えることはないでしょう。
 
  デュナンの掲げた公平中立な奉仕の精神が
  今後も世界に浸透していくことを願いながら、
  私たちが普段からできることを今一度見つめ直す日に
  なることを望んでいます。
 
  (あるる)

ゴミ拾い

3月17日 ゴミ拾い
 
イメージ 1
17日(土)朝、
昨年末、1回目を行って以来の
教会周辺のゴミ拾いを行いました。
 
前日夜が雨だったため
前回に比べ
集まった人数は半分くらいでした。
 
イメージ 2
2班に分かれ、西側と東側から
反対方向に
教会周辺を歩きながら
ゴミを拾って帰りました。
 
 
イメージ 3
 
一番多かったゴミは
たばこの吸い殻でした。
 
皆が拾ったゴミが集められ
袋いっぱいになりました。
 
これからも定期的に
行われる予定です。
 
ギャラリー
  • 隔離生活開始
  • 隔離生活開始
  • 隔離生活開始
  • 隔離生活開始
  • 隔離生活開始
  • 成田から横浜
  • 成田から横浜
  • 成田から横浜
  • 成田から横浜
カテゴリー
最新コメント
アーカイブ
  • ライブドアブログ

ハウスコは建築家と出会い、注文住宅をつくるためのコミュニティサイト。
建築家に家づくりの質問をしたり、住宅設計コンペを開催したり、ハウスコにはさまざまな出会いのカタチがあります。相性のよい建築家を見つけましょう。建築家登録も受付中!
Powered by 面白法人カヤック